起業家列伝8回 - 日本一の鳥居酒屋チェーンを目指し、数々の難局を持ち前の経営力と、絶対に良くなる、全体に良くする、というポジティブ思考で乗り越えてきた、株式会社とり鉄社長小林氏の起業の原点を探る | フランチャイズビズ | 加盟募集の比較・独立開業・新規事業探し



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起業家列伝第8回

起業家列伝8回

15歳の頃から母親の経営するスナックを手伝いながら、その後、とある社長から薫陶を受け、ラブホテルの支配人へ。独立を目指し、とある焼き鳥居酒屋での修行を経て株式会社タスコ・システムへ入社、新業態の焼き鳥業態とり鉄一号店である学芸大学店にて経験を積み店舗責任者へ。数々の難局を乗り越えながら、運営統括本部長や執行役員を経て、株式会社とり鉄の代表取締役へ就任した小林剛氏に、起業の原点について伺った。

株式会社とり鉄

はじめに

本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます。今日は、大きく3点についてお伺いしたいと思います。まずは、とり鉄の立ち上げについて、次に立ち上げ後の苦労話について、そして最後に、今後の展開についてです。


店内は古木や漆喰を活用し、温かみのある演出

焼き鳥なんて料理じゃないと思っていた

創業の経緯を教えてください。

小林社長:
 東京の城東地区で2年ほど焼き鳥屋さんで準社員でした。当時4店舗くらい展開するちっちゃなチェーンでした。
 焼き鳥をやりたいと思ったきっかけは、おいしかったからです。それまでは、焼き鳥なんて料理じゃないと思っていたんですが、ある時、友達に連れて行ってもらったところがとても美味しくて、「あ、焼き鳥ってちゃんとした料理なんだな」と思ったんです。
 その前は、ラブホテルの支配人をしてました。さらにその前は、親が経営するスナックの店長でした。あるとき、とある知り合いの方に、「もっと外の世界を見た方がいい」と助言をいただきまして、その方の会社に入社することになって、ラブホテルの支配人になったのです。

29歳でタスコに入社されますが、その経緯を教えてもらえますか?

 必ずしもタスコでなければならない理由はなかったのですが、当時働いていた焼き鳥屋さんは、ほとんど個人店みたいな経営で、どんぶり勘定だったのです。マネジメントという言葉も概念もありません。仕入れがいくらで、給料いくら払って残りがいくら、という世界です。当時のオーナーが、営業が終わると夜な夜なフィリピンパブに出かけてしまいまして、お金のあるなしはフィリピンパブに行った回数によって変わるわけです(笑)。
よい物を出しても経営が成立しないのならば、先はないのではないかと思いまして、もう少しデカイフィールドでちゃんと外食を学ぼうと思い、フロム・エーで転職先を探してるときに、タスコ・システムという会社が、今度焼き鳥の新ブランドを立ち上げる、という広告を見まして、それで学芸大学の一号店に社員希望のアルバイトとして入ったのです。

黒字が一店舗しかなかった

社長就任の経緯について教えてください。

入社4ヶ月目くらいで店舗責任者になりました。直営で3軒位のときはすごく業績がよかったものの、当時はフランチャイズバブルで、数が一気に増えて加盟店が30くらいになったとき、黒字店は1つしかありませんでした。  その後も店舗数は増え続けるのですが、不採算店舗ばかりになってしまって、閉店相談や撤退相談にのるようになっていったのです。
 結局半分くらいの加盟店様が撤退されて、それを直営化するというようなことをやってきました。
 その時、吉野家のようなカウンターメインの焼き鳥屋さんから、今のダイニング風の業態へ徐々に業態変更を加えていきまして、業績も月商で3割近くUPしました。

なるほど。通常の居酒屋風に変えていったのですね。

 そうです。総合居酒屋のテイストを入れました。一時期114店舗くらいまで増えたのですが、当時戦略も明確でなく、とにかく数を出せ、というような時代を通り越しまして、まだまだあった不採算店舗をどんどんスクラップアンドビルドして、何人もいたマネージャーで振り分けていた事業部を1つにまとめて、直営もFCもまとめて自分が見させてもらうようになって、みんなの努力の甲斐あって、2004年頃には相当改善したのです。
 お陰さまで、タスコブランド中では成績優秀なNo.1ブランドになりました。今、当時を振り返ると、上場前、上場後とやはり相当無理な成長カーブを描いてたんだなと思いますね。資金と人が全然まわってませんでした。気がついたら財務状況は破綻しておりました。
 そして、2005年6月には当時の社長を含め役員は退任し、ファンドが入って新体制へと移行していったのです。

リストラ、謝罪、債務整理、叱責

新体制になってから株式会社とり鉄を立ち上げるまでの2年間について教えてください。

 新体制になってすぐに、運営統括本部を作り、本部長をやらせてもらいました。まずやったことは、リストラでした。タスコブランドの直営を50店舗、100人の社員を切る、ということをやったのです。次に、加盟店オーナー様へ謝罪に行きました。そして、簿外債務の整理と、毎週の経営会議でファンドの方々に叱責されること(笑)

ファンド介入のタイミングで多くの社員が辞めていったと思うのですが、なぜそこで踏みとどまったのですか?

 僕は今でもよく言うんですけれど、始めから逃げるつもりのある奴がトップに立ってはいけないと思うんですよ。ダメだったらヤメればいいやという人間が、サラリーマン社長とかをやってほしくない。そんな人間に何百人、何千人のスタッフはついてこないですよ。
 それと、とり鉄をずっと一緒にやってきた仲間に、日本一になるぞ、と約束してやってきましたので、逃げるという考えはなかったですね。絶対に良くなる、良くするんだという思想でやって来ました。それは試練に過ぎない、日本一に到るまでの山あり谷ありのいくつかなんだろうな、と思ってやり続けてきました。
 そうやって来たのですが、哀しいかな、なかなかできないわけですよね。増資を繰り返して、まるで架空増資のような形でしのいで、キャッシュの余裕が無い中、不採算処理、加盟金返還請求の対応等々でいっぱいいっぱい。人財関連の投資、つまり人財育成が全然できませんでした。
 それから、ブランドというのは、ブラッシュアップするなりスクラップアンドビルドするなり、メンテナンスをしていかねばならないのですが、それが全然できなかった。
 ついには事業自体を現金化して運転資金を捻出するところまでいってしまいました。
会社はホールディングス制にして、タスコホールディングスの下に子会社を6つくらい作りまして、本州の直営店一式すべてを見る、東京タスコという会社を作り、そこの代表をやりながら、ホールディングスの役員も兼任させてもらっていたのです。 そして、いよいよというときにフラッグシップである高田屋だけは残そうと、その他でカネになる業態は、実績も出ているとり鉄なので、その業態を売って資金を捻出して、高田屋の業態ブラッシュアップや、人財育成に投資をしたほうがいいということで、売却に動いたのですが、その後、二転三転あり、とり鉄は、最終的にアスラポート・ダイニングに落ち着いたのです。

焼鳥専門店から鳥居酒屋へ

色々と試練を乗り越えてきた2年間であったわけですね。2007年からをお話いただけますか。

 まず、タスコから離れたタイミングで、全国すべての加盟オーナー様に改めてお詫びとご説明とご挨拶に伺いました。 初年度は膿を徹底的に出し切りますということで、徹底的にコスト改善をしますと。 業態に関しては、最初に約束した通り100店舗をもう一度やっていきますと。

新体制になって業態的に変わった部分はどこですか?

 まずは、人財育成に対する投資をするというスタンスに変わりました。実際に、S-1グランプリでは全国優勝させてもらいましたし、2年連続で満点獲得企業ということで表彰もされました。2011年3月には、人材開発部門での農林水産大臣賞を頂きました。
 それから、リーマンショック以降でデフレが進む中で、均一価格や激安価格設定の方向には乗らずに、付加価値を高める方向を追求し、通常であれば5000円、6000円するものを3000円というプライスゾーンでご提供することに価値を感じて頂けるという方向でいくのだということで、烏骨鶏から始まり比内地鶏、名古屋コーチンときて三大地鶏対決を打ち出したりしています。

メニューは大分変わってきたのですか?

 変わってきています。今の業態は、一人当たり焼き鳥が2.7から2.8本の業態です。当初のとり鉄は、一人当たり7.9本という業態でした。
 焼き鳥専門店から鳥居酒屋に変わってきているんです。これをすることによって1軒あたりの売上が3割アップしました。流動期におけるターゲットの拡大という意味では成功したと言えると思います。

なるほど。ほとんどの人が未だにとり鉄は焼き鳥屋というイメージを持っていると思います。地鶏の次はどんなことを考えているのですか?

 商品と両輪で、サービス面での進化をもう一歩考えています。2007年からのとり鉄は、今まで手をつけられなかった、業態のブラッシュアップと人材育成を一生懸命やってきているというワケです。

業態のブラッシュアップ

方針の変更に伴い色々と齟齬が出てきたと思います。

 加盟店の入れ替わりはどうしても発生するのですが、これはオーナー様が悪かったというのではなく、出し方と、オーナー様の店舗への関わり方、外食に対する認識などトータルで起こるのであって、良い悪いは別にしても、我々の方針をご理解いただけて、共に頑張って頂けるオーナー様に入れ替わって頂けると嬉しいなと思います。
 これからはFCではなく個人の時代だよ、と言って、数年前から流行りだした、ライセンスパッケージだとか、SVも何もいないようなものに乗せられて、失敗される方をたくさん見てきました。そういう方達が、やっぱりとり鉄がいいなと、とり鉄へ業態変更さる事例もすごく増えてきました。
 まだ道半ばであり、僕の目指すとり鉄にはまだ3割くらいの完成度ですから、それが良いとは言えないのですが、特にこの3年間において、とり鉄の本部で私たちが取り組んできたブラッシュアップに対して、ご理解いただけたんだ、真摯に取り組んできたことに対して評価をいただけたのかな、と感じます。

未だ道半ばで、3割程度だという話でしたが、これからのフランチャイズのあるべき姿、とり鉄の目指す方向性について教えていただけますか

 1つはバリエーションを増やしていこうと思います。ただ単に価格帯を変えるということではなく、ロケーションを変えるとか、物件のサイズを変えるとか、オーナーさんの背景、たとえば個人なのか法人なのか、小箱なのか大箱なのかによって変えていくということです。
 グランドメニューを変える時でも、必ず4つのロケーションに合わせた、メニュー構成と価格構成にしています。4つのロケーションとは、ロードサイド立地、オフィス・ビジネス立地、ターミナル・繁華街立地、商店街・住宅街立地です。  最近でこそ大手も地域価格設定をやり始めていますが、我々はガリバー企業ではないので、細やかで様々な条件に応じた方法、業態のブランディングを当たり前のようにする必要があると思います。
 先日オープンした末広町では、個人店の小箱店舗の業態転換です。法人はなく初めての個人加盟です。とり鉄のスタンダードパッケージをアレンジして、厨房スペックに合わせて、ぎゅっとオペレーションを軽くしたメニュー構成にし、業態転換前と比較して120%の売上を維持しております。


話題性・差別性のあるメニューの開発

経営改善の手段として

なるほど。そうすると初期の加盟条件などもバリエーションが出てくるようなイメージでしょうか?

 そうですね。どちらかというと、新規で加盟というよりは、既存店があって業態転換していくようなイメージですよね。今のところ、ストレスなく業転出来ていますし、業転して業績が悪化した事例は1つもありません。経営改善をする手段としてのとり鉄といったイメージです。

とても柔軟性のあるフランチャイズですね。

 傍から見ればいい加減に見えるかも知れませんが、ただ、マクドナルドさんのように統一されたメニューで、統一された価格で提供するというのは、無理だと思っています。まず物件が取れない。そして、そこまでの購買力がない。さらに、そこまでやるだけのネームバリューがない。ではネームバリューを得るためにといって5000店舗にするかと言ったら、そうではない。全部が同じでなくてもいいし、とり鉄にはとり鉄の居酒屋の形があるわけです。
 パブリシティは同じでも、人財のレベルが高いよね、メニューの開発まで含めて付加価値を提供するよね、というのを、ロケーションに応じたり、背景に応じたりしながら柔軟にアレンジメントする形がありだと思うんです。

訴訟を恐れて本部の関与の度合いを少なくするビジネスモデルが増えてきている中、加盟店様と真っ向に向きあって、徹底的に適合させるモデルなんですね。

 なので、とり鉄で500店舗は目指せないんです。行っても200。僕は100から150を目指してます。とり鉄なんとか、という業態のバリエーションは増えるかもしれませんが。

とり鉄を通して経営改善をしていきましょう、というところなんですね。

 大ヒットするというのはなかなか難しいと思うんです。業績を作っていく過程で、まずは役割分担があると思っており、本部は開発をしながら、SVを通して恒常的に様々なサポートをさせて頂きます。オーナー様や店長さんは、サービスや人材教育、それから販売促進に特化をして頂きたい。それが出来るのがとり鉄だと思います。
 5店舗くらい出してくると、こなれてバックオフィスなどを持っちゃったりして商品開発にまで手を出してくるオーナー様もいるんですが、やはり、調理経験があるというだけで商品開発してしまうというのとはわけが違いますから。情報量がまったく違う。
 その情報をインプットするだけではなく、僕らはそれを形にしてアウトプットできますから、アウトプットされた情報を元に、加盟店の皆様がそれぞれに取り組んで頂ける。そちらは営業系・人材系・サービスで頑張ってください。本部は開発系・サポート系で頑張りますと。
 これがある程度成立するモデルが出来上がれば、これからの成長性が充分にあると感じています。

低価格、均一価格業態が台頭してきたことで、既存店への影響はありましたか。

 局地戦ではやはり影響が出ますね。ロケーションによりけりですが、客層もうちの場合は、アンケートベースでは20代~30代、ビジネス立地では40代、商業立地では40代が少なく、ロードサイドでは赤ちゃんからお年寄りまで、というように、まんべんなく来店いただけております。ロードサイドタイプには、授乳室、おむつ交換室、粉ミルクも完備です。

永続するブランドに向けて

昔からのとり鉄を知っている人には、新たな魅力が伝えられそうです。

 年間20~30なんて出そうとは思いません。もっとちゃんとやりたい。とにかく誰でもいいから出しましょうよ、ということはやりたくありません。
 僕達を信じてくれて、信頼できる人たちと、最低限の投資で、納得した上で、人を育ててしっかりやっていく。ちゃんとしたブランドを永きに渡り構築していく、というのが僕のビジョンです。
 そうすると年間10とか15店舗くらいが限度じゃないですか。

SVが臨店できる数も限られていますからね。

 そうです。今一番危機感を覚えるのは、パート・アルバイトさんの育成です。時代・世代が変わってきているので、いままでの やり方が通用しないんですよね。
 ゆとり教育世代なので、僕ら世代に較べるとハングリーさにかけて、打たれ弱い。一定のコミュニティの中では明るく社交的なのですが、社会という広いコミュニティに出たときに、非常に内向的になる傾向があります。携帯でメール取り合う仲間とはすごくたくさんコミュニケーション取れるのに、知らない人とはコミュニケーションがあまり上手ではない。  これがダメだとか残念だとかそういうことではなく、そういう時代に育ったからであって、そういう時代に育った子達をどうやって求める人財像に育てるか、ということに今トライしなければならない。

それができたらスゴイですね。

 チェーン化していませんが、てっぺんさんみたいなのが良い事例だと思います。ただし、僕らは70店舗ありますから、もっと踏み込んで行かないとならない。70店舗に20人在籍したらそれだけで1400人いるわけです。
 スタンスとディスタンスというのがありますから、数千人をどうやって変えていけるか、そういうのを科学的にアプローチしていかねばなりません。

スタンスとは?

 外食というのは、外食産業であり、サービス業であり、教育業と言いますよね。この教育業という部分がまだまだ足りていないと思います。
 この教育がサービスに繋がると思うのですが、サービスというのは、企業風土に左右されるというよりも、今は、個人の素地、センスによる店がほとんどだと思うのです。それじゃ駄目じゃないか、黙っていても来店がある銀座の一等地に出せるわけでもない、ということで、ニッチなところでちゃんと根付いて、長期にわたり健全な経営を成立させるためには、そういう仕組とか文化を作っていけるお店ではなくて、本部であり、ブランドにならなければならないと思うのです。
 お店が1つよくなってもチェーン全体がよくなるわけじゃないですから。それはセンスに過ぎないのです。

教育に挑戦している本部なんて今全然聞かないですね。

 景気が悪くなると、利益で一番見えにくいのは人財教育ですから、普通は手を出さないですよね。
 そのお陰で僕の報酬も下げていますから(笑)まだまだ未達なので。でも間違いなく、人財こそが投資すべき対象なのです。

なるほど。

 サービスが大事だと言って、コンビニで挨拶をさせるようになって数年が経ちますが、口先で言っているだけで気持のこもってない挨拶なんて全然意味ないでしょ。


名物メニューの強化

なんのために仕事をするのか

業態づくりで一番大切なことは何だと思いますか?

正しい思想とそれに基づく、運営の仕組みが確立されていることですね。

思想とは?

 「関わる人の自己実現のために、人財活性の場を作りたい」、ということですね。
 これを実現するための、仕組みやサポート、店の文化が構築されているかどうかが重要だと思います。
 なんのために仕事してるんですか?って聞くと、大抵給料のためですってなるじゃないですか。
 ではあなたの夢はなんですか?あなたの理念はなんですか?それは会社の理念とリンクしてますか?そのために何をやりますか?と聞いてくと答えられない人ばっかりですよね。

そうですね。

 一方で、今の就活世代は、強くなると思うのです。今、かつての就職氷河期に匹敵する就職難ですから。ゆとり教育の流れがあって、こういった就職難に直面するわけですよ。そんな中で揉まれて、ある程度地頭がついた状態で社会に入ってくる。
 もしドラのヒットからも分かるように、こういうのに少なからず刺激を受けてくる世代ですから、そういう子達が自己実現をしたいと、触りだけでも正しい考え方を学習してきてますから、同感しやすいとか共感しやすいとか、そういう世代なのじゃないかと思いますね。

たしかに、先程の「なんのために」の質問をしたときに、お金のためと答える世代ではないですね。それでは最後に、とり鉄の今後についてお話ください。

 現段階では、ミスターとり鉄とかミスとり鉄を作ろうとは思いません。そうではなくて、とり鉄で何年か過ごすことで、自分の人生のミッションが実現に近づくようなそんな経験をして、ものの考え方や価値観が醸成されるような場所にしたいなと思いますね。

なるほど。とり鉄は人財育成・教育機関なのですね。
本日は、株式会社とり鉄代表取締役社長の小林剛氏にお話しをいただきました。小林社長、お忙しい中お時間を頂戴し、また、貴重なお話を頂戴しましてありがとうございました。

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プロフィール



焼き鳥ダイニング とり鉄
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「焼き鳥だけでは物足りない」「チェーン系の居酒屋では落ち着かない」といったお客様の声に応じる『空間演出』・『サービス力』・『商品力』が【とり鉄】の魅力

株式会社とり鉄
代表取締役社長 小林 剛 (こばやし つよし) 氏


1970年生まれ。東京都出身。母親の経営するスナックを手伝いつつ、知り合いの社長に薫陶を受け、その社長の会社に入社しラブホテルの支配人に。独立を前提に、とある焼き鳥店にて調理を経験。その後、とり鉄学芸大学店でアルバイト後、株式会社タスコ・システム入社。店舗責任者、運営統括本部長、執行役員などを経て、2007年8月、株式会社とり鉄社長就任。


企業データ
会社名株式会社とり鉄
本社所在地東京都港区高輪2丁目16番29号 丸高高輪ビル2階
設立年月日平成19年7月4日
事業内容飲食店の経営及びフランチャイズ本部の運営
所有ブランド とり鉄
http://www.tori-tetsu.com/