起業家列伝5回 - レストランとは生産者と取引業者とお客様と共につくるもの、その歴史でありダイアリーである。仁義に生きる戦う料理人、「現代青森料理とワインの店”BOIS VERT”」オーナーシェフ川口カズノリ氏の発想の原点を探る | フランチャイズビズ | 加盟募集の比較・独立開業・新規事業探し



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起業家列伝第5回

起業家列伝第5回社長インタビュー レストランとは生産者と取引業者とお客様と共につくるもの、その歴史でありダイアリーである。仁義に生きる戦う料理人、「現代青森料理とワインの店”BOIS VERT”」オーナーシェフ川口カズノリ氏の発想の原点を探る

任侠の世界に憧れ、理想とするヤクザになるためには幅広い知識が必要と、防衛大学目指して猛勉強をした学生時代。やがて、自分が憧れた世界がそこにないことに気づき、フランスの外国人部隊へ入隊しプロの傭兵になるべく、調理師学校に入学しフランスへの渡航切符を手に入れる。フランスでの厳しい修業時代にレストランビジネスの面白さに目覚め帰国。バブル期の華々しい舞台で研鑽を積み、次なる戦いの場として選んだのは西新橋の雑居ビル街にある華々しさとは対局にある倒産寸前のレストランであった。仁義を宿した魂の料理人、川口カズノリ氏に、起業の原点について伺った。

BoisVert ポワ ヴェール feat. DRAGON SOUP

はじめに

本日はお忙しい中、お時間をいただきましてありがとうございます。今日は、大きく3点についてお伺いしたいと思います。まずは、ボワヴェールの立ち上げについて、次に立ち上げ後の苦労話について、そして最後に、今後の展開についてです。

シェフにしか見えないもの

創業の経緯を教えてください。

川口シェフ:
 僕は、24歳でシェフになったのですが、21歳の時に、あまりにも修行が厳しかったので、これはやみくもにやっても駄目だと思い、21歳でこれをやる、23歳でこれをやる、24歳で、、、というように、自分の年表を作ったのです。これを30年分くらい作ると、1年間に勉強できることは意外にも少ないということが分かってきて焦ったんです。
 そうして、休日に肉屋に修行に行ったり、今月は魚屋へとか、今年のテーマは魚だ、とか、限られた人生の中で徹底して科目ごとに分け期間を定めたて勉強しはじめたところ、面白いくらいに効率的に勉強ができまして、24歳でシェフになれちゃったんですよ。
 自分の計画では28歳でシェフになる予定だったので、4年間の空白が出来てしまった。そして、まだまだ未熟なのにみんなからはシェフと呼ばれる。これはどうしたものかな、と。

 

年表を描き直す必要が出てきたと。

 そうです。ただ、無理やりシェフになって4年間ペコペコ頭下げながらペーペーのつもりでやるのではなく、シェフにしか見えない景色があるわけですから、もう一度年表を書きなおしてみると、先輩たちは25、6歳でフランスやイタリアに修行に行き直していることが分かった。
 僕ら、今の36歳世代、第二次ベビーブーム世代は、日本で修行せずに海外に行っちゃいう世代なんですよ。昔と違って、今はそれをサポートする調理師学校の制度があったり、いろんなサポート制度があるんです。すると最初の就職先が海外で、2店舗目が日本になる。僕もそうでした。
 ところが、それまでというのは、フランス料理なりイタリア料理なりを、日本で勉強をしてから、25歳から28歳くらいまでの2~3年間を海外で修行して帰ってくる、というパターンなんです。
 僕はすでにフランスに行って帰ってきてますので、またフランス?という思いがあり、さらには、再びフランスへ渡って経歴を積んで、フランス語がペラペラになって帰ってくる友達とその後勝負することを考えたときに、今でこそ24でシェフになって若手シェフとして威張っていられるけれど、彼らが帰ってきたときに一気に逆転されてしまう不安がありました。そこで、彼らが帰国したときに、逆に彼らに仕事を紹介できるくらいの人間にならないと駄目だなと思ったのです。

料理人の枠を超えて

具体的にどうされたのですか?

 24歳から26歳くらいの頃、これからはレストラン・ウェディングだ!ということで、大き目のお店を2軒やっている渋谷のウェディング会社に営業に行ったのです。そこの日比谷の店舗で、レストラン・ウェディングを仕掛けました。ちょうど、世は、空前のカリスマ美容師ブームで、当時カリスマとして大活躍であった卑弥呼というスタイリストとコラボレーションしたりするうちに、「あ、料理人でも営業に行ける!料理人でもウェディングプランナーとして活躍できる!」と、だんだんとビジネスが面白くなってきて、働く場所をフレンチからステップアップしようと思ったのです。

なるほど。料理人の可能性を模索しつつ、料理そのものもフレンチの枠にとらわれない方向に行かれたのですね。

 昔はフレンチに醤油を使うなんて、違う!こんなの料理じゃない!と思ったのですが、それなりに和食をやったりするようになると、そんな拘りどうでもよくなって、醤油だろうがなんだろうが、「美味しいもの」を作ることに喜びを覚え始めたのです。
 また、ちょうどその頃、ニューヨークからNOBUさんが来日しまして、「明日、自家用ジェットでロンドンに行くんだよね」なんて話を聞いたりして、料理人の枠を超えて世界が広がりました  それから、グローバル・ダイニングのタブローズだとか、白金のステラート、代官山のモンスーンカフェだとか、ああいうところに行くようになると、価格帯とかサービスとか味は別としても、これは三ッ星じゃないかと。日本で三ッ星というと、たしかにいい仕事はしているかもしれないけれど、小さなお店が多いですよね。やっぱり三ッ星といえば、でっかいお店で、サービスもたくさん雇って、フリーターもいて、ウェイティングバーもきっちりしていて、そうやって見ると、ある意味グローバル・ダイニングがやっていることって三ッ星レストランだなと。今フレンチだイタリアンだとちっちゃくまとまってやっていては俺は時代に埋もれちゃうな、と危機感を覚えたのです。
 ウェディング、NOBUさん、BYO、グローバル・ダイニング、月川産業、こういった時代を一世風靡した外食産業を見てきて分かったことは、結局、料理人がスキルで人を呼ぶのではなく、箱で呼んでいる、会社で呼んでいるということでした。自分がもっと表現できる場所にステージを移したいと思いました。

不便なところにビジネスチャンスあり

それで西新橋のこの場所にボワヴェールを開業されたのですね。

 ここは、倒産通りと呼ばれ、今でこそちらほら店がありますが、2000年の当時は全然なくて最悪だったのです(笑)。
 当時のオーナーも窮々で「首くくる!」と言ってましたし、みんなに詰められて一人ぼっちだったんですよ。内装も今のような感じではなくて、入り口はカラスのフンだらけで汚くて・・・。「ここだ!ここはスキルが上がるぞ!」と思ったんですよね(笑)。
 当時の仲間もみんなついてきたいと言ってくれたのですが、やっぱり雇えませんよね。にもかかわらず、みんなが掃除して綺麗にしてくれたんですよ。でもダサいのは綺麗にしてもやっぱりダサくて(笑)。
 ところが、ダサくても美味しいものを出せばある程度お客さんが入ったんですよ。今まで箱で客を呼ぶかっこいいところでしか働いたことがありませんでしたから、「待てよ?ダサいってある程度いいお客さんが来るんだな。」と気づいたんですよね。つまり、かっこよすぎるお店にはかっこいいのが好きな客層がいて、ダサ過ぎるお店にはダサイのが好きな客層がいる、今まで自分がターゲットとするのはどういう客層なのかを決めないできてしまっていたことに気づきました。
 もちろん、今までもプロデュースをやっていたのでざっくりと決めてはいたのですが、入ればいいという感覚だったので、今度は、35歳から60歳までの男性と、ガチっと決めてしまおうと思ったんです。

何故その客層に絞り込んだのですか?

 当時はその客層に愛されていましたから。それで、入り口にハーレー・ダビッドソンを置いて、中は喫煙にして、ジャズミュージシャンのポスターとかを貼りまくって、暗めでいつもブルースを流し、シガーもサービスするようにして、料理はカエルとかゲテモノを出すようにして、コッテコテの入りづらい店を演出したりしました。
 ちょうどそのころぐるなびの担当者と仲良くなって、SEOという言葉を初めて知りまして、ぐるなびってこういう風にするとアクセス数が上がるらしいよ、なんてことを担当者から聞いては試行錯誤してやっていたら、そのうち営業が上向いてきて人気店になってきたときに、当時のオーナーに人を入れようかと相談されたんで、「人をいれるならITの担当者を入れてください」と提案したのです。「ITって、おまえ、ここはレストランだぞ?何やろうとしてるんだよ。」と言われたので、「いや、僕は営業が終わってから毎日2時3時まで、実はアクセス数を稼ぐためにSEOという、検索エンジンの最適化の対策をしていまして、たとえばこういうキーワードで検索するとうちって上位に来るんですよ。ぐるなびのページは月に300件くらいのアクセス数でしたが、いろいろ対策するうちに10000件突破しまして。これってスゴイことで、正直僕一人じゃもう追いつかないんですよね。」と。
 こんな感じでいろんなことをやっているうちに、いろんな人脈も出来、いろんな仕事も出来るようになってきたんです。

営業をしたり企画ねったりマーケティングしたり、かと思えばSEO対策までしてしまう。なんでも出来てしまうのですね!

 元々僕はヤクザ目指したくらいにやんちゃで「不便な男」と周りから言われていたのですが、不便な奴っていうのは、便利を嫌うところがあって、同じように不便な奴が好きなんですよ(笑)。他から嫌われまくってる人みたいなのがすごく好きで。そうこうしてるうちに、不便なところにビジネスチャンスあり!ということに気づいて、「不便会」という会を立ち上げました。いろんな業種の方が集まって、今不便だと思うことを発表しあう会なんですが、その中のメンバーでドラゴンスープという会社を立ち上げて、いろんなコトを繋いで仕事にしていったのです。

走らない車

レストランプロデュースをやるようになった経緯を教えてください。

 レストランプロデュースとは、流行るお店を作る仕事ですが、流行るお店を作る人は、流行っているところには必要がないわけで、流行らないところにこそ必要とされていました。
 そして流行っていないところには、流行っていない原因があります。それは、主に料理がまずいということで、料理がまずいということは、素材が悪い、素材が悪いということは、良い素材を集めなければいけない。そうすると必然的に、良い素材を生産する現地で素材を集めるということをやり始めたんです。
 シェフには、素材を調理して美味しい料理を作るという仕事に加え、良い素材を集めるという仕事も必要なんですが、実はこの部分をおろそかにしてるシェフが多いのです。
 どういう事かというと、良い素材を調達してきてくださる業者様とのお付き合いも、シェフの大切な仕事なのだということです。この業界には、業者様を小間使いするシェフが多いのですが、そんなのまったくもって傲慢な話です。
 業者様を大切にし仲良くお付き合いをすると良い素材が集まるようになってきて、人付き合いが益々大切になってくる。 車に喩えるならばシェフがハンドルで、スタッフがタイヤ、これで車の大体の構造は出来るわけですが、エンジンがないと走れない。このエンジンは、生産者なんですね。こう考えると、今は走らない車が本当に多いんじゃないかな、と気づいたわけです。
 エンジンを積もう、しっかりメンテナンスをしよう、そういう風に考えると、そのエンジンを知っている、ということだけではなく、現地に会いに通う、電話で徹底的に話す、手紙を出す、そうやってコミュニケーションを取ること=メンテナンスをしないと、車として成り立たない、ということに気づいたわけです。
 流行っていないところは、やはりポンコツで走れないわけですが、そこに僕の知っているエンジンを紹介することで、走れるようになり、流行りだすんです。このことから、腕の悪いシェフにこそ、良い食材は必要なんだと思うようになったのです。

なるほど。ある意味川口シェフのプロデュースは、生産者とレストランを繋ぐことなんですね。

 レストランというのは、実は農業とか漁業とか、第一次産業全部ひっくるめた産業なんだ、ということに皆さん気づいていないんじゃないかなと思うのです。
 皿の上の芸術ばっかり追い求めて、肝心の根っこの部分というのを疎かにしてはいけません。巷では契約農家直仕入れとか、そういうことがブームになってきていますので、僕が言うまでもなくそんなの当たり前じゃん、と言う方がいるかも知れませんが、そうは言っても、上っ面だけの真似事じゃ、生産者は協力してくれないのです。見ればわかりますから。この人はブームに乗っかってるだけだなとか。どこどこの誰々さんが作った、とか形式だけ真似ても駄目なんです。
本気で付き合うとはどういう事かというと、農産物なんで、まずい時もあるのです。そのまずい時に突き返す、とかそういうことではなくて、味が落ちた時にどうすればいいかを生産者と一緒になって考えたりすることなんです。単純にまずい、ではなくて、辛いとか苦いとか甘いとか酸っぱいとか、それは作物の個性なのですが、年間を通して甘い時期ばかりを見るのではなく、苦い時期や辛い時期も、それを調理法でどうやって美味しく料理するか語り合って、生産者と一緒になってレストランを伸ばしていけばいいんじゃないかなと思います。

なるほど。

 なので、うちのレストランのコンセプトには、生産者も入っているのです。うちで取引のある全ての生産者は、わざわざお店まで訪ねてきてくれるんです。こんな場所ないですよね。そういう意味で、素材を調理させて頂く身として責任感が湧いてくるんです。
 まだ僕も若いので、これもしたいあれもしたいと、色々と挑戦したいことがあるのですが、素材ありきですと、技術で補う部分が少なくて済むわけですよ。素材そのものが美味しいので。実際、お客さまにもこのまま醤油かけて食べたい、とか言われるような素材なのですよ。
 そんな素材に敢えて手を加えるということは、素材を壊さないように手を加えなければいけません。そうすると、古来からの製法である熟成だとか、醗酵であったり、素材をさらに美味しくする製法であり、温故知新なのです。どんどん新しい技術でクリエイティブになるのはいいのですが、何百年も前から伝わる製法を持ち出してきて、見せ方を新しくする、ということに取り組んでいます。

腰の入ったパンチ

料理人とは何かを定義する際に、いつも議題に上がるテーマですよね。

 以前、とある大きなお店で創作レシピを考案する料理開発部門にいた時があって、様々な文献を読んで、色々なレストランを回って、時には世界中のレシピを研究したり、エルブジを研究したりしていたのですが、その時に、創作の創作の創作、みたいな料理がいかに脆いかというのを痛感しました。
 たしかに、一時的に流行るお店は作れます。ですが3年もつお店は作れないんです。お客さまも馬鹿じゃないので、腰の入ってないパンチの料理なんて、その瞬間はいいですが、だんだんと飽きてくるのです。やっぱり地味だけれども腰の入ったパンチというのが長くお客さまに支持されるんですね。

まさにそのとおりですね。我々が閉店相談を受けるなかで、脆いのは、創作〇〇、ダイニング●●というようなものが多いのです。まさに腰の入ってないパンチそのものですね。

 僕は、腰の入っているお店を、腰の入っている生産者と組んでやるわけなんですけれど、それだけじゃなくて、やはり人間関係が大切なんです。僕もけして善い人間ではないですし、生産者とも喧嘩をするのですが、そこに思いがあるからなんです。
その思いって何かと言うと、今日もたくさんフラッシュマーケティングの営業の電話がかかってきました。フラッシュマーケティングって何かっていうと、結局、宣伝・広告なんですよね。宣伝・広告をするためには、ブランディングが大事です。それで、「御社にはブランディングはありますか?」って聞くと、ブランディングはないと言います。ブランディングのない宣伝・広告というのは、ただ広がるだけで、傷口を広げるだけなんです。傷口を広げるブランディングなんてありえないわけです。そこで、「じゃぁ、御社にとっての傷薬ってなんですか?傷口広げるのはいいですけれど、薬が必要ですよね?」って聞くと、「う~ん・・・。」って困ってしまうわけですよ。今はしのげても未来はどうなってるかわからない、こういう会社がデフレ時期には増えるわけでしょ。デフレになればなるほど、今よければそれでいい、ってなりますから。  ですから、コンセプトの中に、【未来】を入れれば、今だけよければ良いお店を作ったところで持続して栄えるわけがない、というのがわかるんですよね。

人の思い出と共存するもの

【未来】をコンセプトにいれることは自店舗、自社の存在意義を明確にする上でとても重要ですね。

 僕も、レストランプロデューサーとして、今活躍出来ればいいというものを色々考え過ぎたので、やっぱり長く続けるためには、人との付き合いや、肌と肌のふれあいじゃないですけど、コミュニケーションが大切なんだなと気づいたわけです。
 皆さんもどんどんどんどん進んでいくのはいいんですけれど、一度立ち止まって、今やらなければならない責任というか、レストランというものは本来どういうものなのか、っていうのを考えてもらいたいと思います。
 というのは、うちでは、毎年12月の第一週に生産者が開催するとあるパーティがあるのですが、うちが負債を抱えて潰れそうになっても、12月の第一土曜日にパーティがあるんだって思ったら、そこを目指して、参加者全員が一丸となって頑張るわけですよ。そうやって会を重ねるごとに、生産者もレストランも成長して行くわけです。そこで、あの時こうだったよな、という話が出来るという。
 だからレストランというのは、自分が儲けたり、メディアに出たりして有名になるためのものではなくて、なんというか、人の思い出と共に共存していくものであって、ダイアリー的なものがレストランなんじゃないかなって。

生産者、取引業者、お客さま、スタッフ、全員で作り上げ、思い出を共有する場なのですね。

 プロデューサーやっているときはそれが全く見えませんでした。実績、成功例がとにかく欲しくて、成功すれば良いと思っていたのです。ところが、今自分が手がけた店舗がいくつ残っているかというと、正直な話残っていないですよ。そうすると成功ってなんなのかな、と。全部潰れちゃっている。やっぱり時代と共に駄目になっていくんですよ。もちろんビル自体が建て壊しになって撤退したものもありますけれど、反省点としては、時代にマッチしたものと、長く続くものというのは全く違うということです。
 農耕民族の考え方で、土地は先祖から受け継ぐものではなく、子孫へ残すものなんだ、というのがありますが、その考え方はレストランにも当てはまると思うのです。

うまいとまずいは紙一重

生き残るレストランとはどのようなレストランでしょうか?

 どの料理がスペシャリテですか?と聞かれたときに、全てです、と答えられないといけないと思ってて、ボワヴェールを知っている人はまだまだ少ないですが、ボワヴェールを知っている人は、ボワヴェールのあれを食べたいとくる人がすごく多い。駄目なところって、お客様があれを食べたいといって来るメニューが少ないんですよ。それが価値観になっているんですよね。
 僕が今まで手がけていたお店というのは、コロコロ料理が変わっていました。スタッフも付いてくるのが大変です。つまり定まっていないんですね。いろんな知恵を引っ張り出してきては、俺はこんなに知っているんだ、出来るんだというのを出したいし見せたい。それで美味しいと言われれば天狗になる。
 ところが、そんな料理はお客様の心に残っていないんですよ。もっと美味しい物食べたら上書きされて消えちゃうんです。実は、本当においしいものというのは、そんなに多くなくて、味のアイテムも少ないし、人によってはまずいと言われるものであったりするんです。美味しいっていうのとまずいっていうのは、実はすごく近かったりする。

それはよくわかります。

 人だって一緒ですよね。この人苦手だなって思う人は、この人好きだと思う人も多かったりして、万人に受けなくてもいい、というのが大型店で出来なかったコンセプトです。だからといって万人に受ける味を追求したイケイケの大型店が今残っているかというと、残っていないですよね。万人に受けるものを提供するというのは、リスクがないと言われていますが、今のご時世だと実はリスクがあるんですよ。一部のこのターゲットにうける、という路線を狙うのがいい。
 AKB48もそうだと思うんですよ。今でこそ万人に受けてますが、もともとは一部のこういう人たち(秋葉原の人たち)にうけたいと思って着実に支持を獲得したから、今、万人に受け入れられるようになったわけです。
ですから、万人に受け入れられるものから料理をつくることほど、恐ろしいものはない、と思います。

不確かですからね。どこに目標をさだめて良いかわかならない。

 そういうことです。腰が入ってないパンチになる。

これからのレストラン

単に食事を提供する場を超えて、レストランはどのように進化していくべきとお考えですか?

 レストラン経営を主軸とすると、レストランというのは事務所にもなるし、ホールスタッフはすごく有能な営業担当者、キッチンスタッフは加工が出来るので工場にもなる。なので、実はなんでも出来るなと思ったのです。
 キッチンはたしかにブルーカラーですが、ブルーカラーだからこそ、ホワイトカラーの人以上に勉強して、ホワイトカラーの仕事ができるブルーカラーになればすごく強いなと。
 例えば、いろんな交流会に呼ばれて、名刺交換をすると、学歴社会の中で、「シェフ」というブランドがあると、みんな話聞いてくれるんですよね。俺は東大だよ、俺は早稲田、なんて色んな学閥で盛り上がっているところで、僕みたいなその場に似つかわしくない人間がいて、「シェフです」というと、「どういうお店なんですか?」ってつかめるわけですよ。そうすると、あ、俺学歴コンプレックスなんて持ってる場合じゃないな、もっと自分の個性をアピールしていくべきだなと思いまして、ドラッガーとかを読んで勉強すると、そこには、「専門知識の時代、知識とは資源だ」、と書いてあった。

知識労働者の台頭という話ですね。

 よし、そこを掘り下げていこうということで、僕らの仕事ってなんなの?今どこがバブルなの?なんて考えると、仕事が舞い降りてきました。当初は地域活性化などはやるつもりはなかったんです。僕が今地域活性化に参加しているというのは、専門知識があるからなんですよ。その分野でスペシャリストになると、いろんな分野に参入出来るんですね。

なるほど。厨房の中でくすぶってないで、外向きに専門性を個性としてアピールしていきましょうと。

 話を元に戻しますと、レストランというのは、単なる24坪のレストランということではなく、事務所であって、この場所を使って色んな人達を日本全国からここに呼ぶことが出来て、産地のイベントとしても使えるだろうし、スペース貸しとしての可能性もあるわけです。多くのオーナーがスペース貸しの可能性に気づいていても、自分の所にコンセプトがないので、何に貸せばいいのか分からない。だからそこのコンセプトと、スペース貸しというのを一緒に考えていかなければならないのです。

そのとおりですね。

 教育だ、食育だと色々とやっているわけですが、結局何がやりたいのかというと、原産地管理なんですよ。やっぱり原産地管理をきっちり徹底しないと、どんどん食品偽装が起きて、一生懸命やってる農家が駄目になる。こんなことを繰り返すようじゃ、文化というのは停滞するので、やっぱり守っていく組織が必要だと。

具体的にはどういう事でしょうか?

 例えば、ルッコラならルッコラを、数百ケース分作ったら、必ず買ってくれるところがないと農家って育たないのです。必ず買うと約束するから、必ず作りますってなるわけですよね。余剰生産分については、営業努力で新規開拓出来ますよね。必ず買ってもらえるということは、その分必ず収入があるということですから、色々出来るようになるわけですよ。そういう風に助けあっていかないと。
 流通については農協を通して売るしかない農業のあり方を壊したいですよね。既存のシステムを破壊するのはいいんですが、壊すだけじゃなくて出口を用意して置かなければならないと思います。今、その出口と既存システムの間になんだかもやもやっとしたものが出来上がってきているのですが、そうではなくて、こうスカっと、相手にしたくない人に対して帰れと言える世の中になっていくといいなと。相手にしたくない人でも相手にしていかなければいけないんだよね、というのではなく。それぞれの生産者がもっと発言権をもった世界ですね。
 その機能をレストランが支援して行けるんじゃないかと。レストランがそういう農家を支援すると一般の人たちもそれに影響される、みたいな。バラエティ色に脚色されたメディア主導のブームではなく。

なるほど。

 レストランとは「続くもの」なんです。ここが欠落しているのが今のレストランじゃないですか。いけてない焼き鳥屋さんの相談を受けたときに、アスパラベーコンが人気らしいよ、ということで、アスパラにベーコンを巻いただけのノリで考えちゃう。ところが、アスパラだけ、ベーコンだけ、で提供する方向で考えてみてくださいよ、と。今の時代、その上手いアスパラやベーコンを探す時代なんですよ。
 そうすると生産者を探すこと、旨いベーコンを探すことになるんですよ。ところが、そうはならない。アスパラベーコンがいい、アスパラとモッツァレラがいい、焼き方はグリルがいい、いやグランタンがいい、トマト鍋がいい、とか、焼鳥屋でグランタンでトマト鍋でと意味が分からなくなる。飲食店がコンビニ化してくる。こういうのは和民さんとか大資本の居酒屋さんがやることでしょ。

堺商人の十八番

そうすると小さいお店は専門特化して行くということですか?

 専門特化はするんですが、それだけでは駄目です。専門特化しつつそこに少し遊びを加えるんです。遊びがメインになるからパンチに腰が入らない。専門特化した太い幹を作り、そこに遊びを加えるんです。 ボワヴェールという名は、ものすごく不便なんです。フランス語なのですが、みんなヴォイスヴェルトと読みますから(笑)。
   フリガナもちっちゃーく入れてあるので目立たない。なのでみんな覚えられないのですが、現代青森料理というのは覚えられるんですね。現代青森料理ってなんや?と。それでお客さんが来る。毎日チェックしていますが、ボワヴェールと検索されるよりも、青森と検索されてヒットすることのほうが断然多い。そうすると、青森で摺り込む方が有利なんですよ。そこで例えば「現代青森料理の店川口君」とかいう名前だったとしたら、なんや川口くんて?と川口君の方が目立ってしまうじゃないですか。僕は青森の方に検索の網をひっかけたい。そうすると青森が頭に残るように、なんだか意味のわからないフランス語でボワヴェールと付けたほうが良い。ここにはもっと深い意味があって、ボイスヴェルトと言っている人は、まだまだうちのことを知らない人なんです。ボワヴェールと読める人はボワヴェールを知ってる人です。この違いなんですよ。ここで差別化していくんです。

なるほど。ボワヴェールと聞くとフレンチなのかなと思いますね

 フレンチでもないんです。これは堺商人の常套手段なのです。たとえば、看板ひっくり返したりするのですが、僕が3歳の時に、看板ひっくり返ってるお寿司屋さんを見て、「おとうさん、あのお寿司屋さん司寿司さんって言うみたいだけど、看板ひっくり返ってるよ」って親父に言ったところ、親父が、「お前は司寿司の戦略にはまったなぁ。あれは堺商人のやり方やねん。剃りこみっていう作業や。」って言うんです。ようは、気になるを作るっていうのが、店作りのポイントなんです。あれどうなってるの?って思ってもらえないと入ってもらえないわけです。というのをずーっとちっちゃい頃から教わっていました。

原価率マイナス20%!?

川口シェフは幅広い見識をもっていらっしゃる珍しいタイプのオーナーシェフですが、一般的にオーナーシェフが経営が疎かになりがちですね。

 オーナーシェフは経営をやるべきでないです。メディアもオーナーシェフばっかりクローズアップした特集をやるべきではない。ちっちゃいお店のオーナーシェフの特集は文化的に良いことではないと思います。やるならグランメゾンの特集です。若い料理人に夢を持たせなければいけません。グランメゾンに入ってから最終的にオーナーシェフになるのはいいのですが、今はグランメゾンを使うお客さまも減り、どんどん安いシェフが溢れてきている。
 そうではなく、オーナーシェフというのは経営と料理を見なければいけませんが、お客さまを喜ばせようと思えば思うほど、経営を圧迫するんです。だから経営とシェフは別がいい。グランメゾンは経営者とシェフが別々のことが多いので、料理にお金をかけることが出来る。
 ところが、オーナーシェフで経営のことも考えると、それが出来ない。そうすると料理人が育たない。みんなオーナーシェフになってから一生懸命経営の勉強をする。自分の腕も磨けない。素材もいいものを使えない、人は育たない。それでは誰も幸せにならないんです。

もしシェフがどうしても独立したいと言っていたとしたら、どうアドバイスしますか?

 もし、料理の原価率が30%だとこだわってるのだとしたら、それはもう古いですよと言いたいです。そのマニュアルは半世紀前のものです。
 結局満足度120%に感じる料理がいいのであって、一品一品ごとに原価率30%の計算をして売値を決めるのではなく。1ヶ月とか1年とかロングスパンで見て全体として30%に収まるように調整していくのです。
 例えば、豚一頭を仕入れることを考えると、その時点で原価計算をして料理を作るのでつじつまが合うのであって、だからといって一頭買いしろというわけではなく、肩ロース一本だとしても、全部とんかつにするんじゃなくて色んな料理に加工するのがいいんです。だから骨付きで注文したほうが良くて、その場合、骨からスープをとるスキルがあるシェフのほうが儲かるんです。スキルもないのにオーナーシェフをやってしまうから潰れてしまうんです。

スキルと数字を見るセンスどちらも欠かせないですね。

 スキルがあるシェフが儲かるというのは、本来捨てられてしまう部分を120%の料理で出せるということです。それはつまり、原価率マイナス20%の料理になります。そうするとそこには原価率50%の料理と原価率マイナス20%の料理が存在して、全体として原価率30%になるというわけです。
   この辺の計算が出来るか出来ないかでオーナーシェフをやれるかやれないかが分かります。だからうちでは、原価率0%の料理もあれば、100%の料理もある。10%もあれば200%のものもある。一方で、税理士と社労士を雇い、ガッチガチの数字管理体制をしいてます。さらに、今度はコーチングの先生も入れてスタッフの教育もしてもらいます。シェフが全部やるのは無理ですから、そこはお金をかけて専門家を雇うようにします。
 僕は経営センスと料理の腕があるけれども人としては未熟だし、数字の部分が苦手なので、未熟な部分を専門家にお願いします。

それとオーナーシェフが出来ないのは集客ですね。

 集客もそうですね。それとインターネットとかPCスキルでしょうね。
 やっぱりシェ・カワグチとはシェ・ミクニとか、そういう時代ではなくなってきているのは確かですよね。料理は、自分の経験とか全部でるので素っ裸で歩いているようなもんですよね。テレビとかにでて有名になりすぎるとお客さんは飽きてしまう。ところがお客さんが行きたいのは、ある程度人物像が見えるところなんですよね。

セルフプロデュースが肝心ですね。

 このへんの情報はある程度、ブログとか自分メディアを使って、コンセプトだとか思いだとかを発信していくようにするんですが、情報のさじ加減が難しい。だから、店名に自分の名前が入っているのはものすごく際どい。自分で勝負するわけですから。その人のファンにならなければおわりですよね。
 そういう意味で立ち上げの段階というのはすごく大事で、出来れば専門家を雇ってコンセプトを固めて行ったほうがいいですよね。そうすることで事前に回避できる失敗もあるわけです。本当にやりたいのはなんなのかを突き詰めていくと、名前をいれることで自由度が奪われ身動きが取りにくくなってしまいますよね。
 自分でやりたいオーナーシェフというのは、そのへんを指摘すると何が駄目なんだと逆切れしますからね。本当にできる人というのは、そのへんのリスクがちゃんと分かっている人です。いろんなリスクを想定してトラブルシューティング出来るということは、それだけ経験も豊富だということですし。
 たとえば僕なんかものすごく一坏失敗しているわけですから、その失敗の経験をお金買えると思えば安いと思います。

なぜ青森なのか

まさにそのとおりですね。そうすると、コンセプトはどのように決めたらいいですか?

 広い方がいいです。それだけ軌道修正しやすいですから。うちだったら「青森」ですよね。青森であれば、極端な話、中華でもいいわけでしょ?ここは当初、フランス料理とワインラウンジのボワヴェールという名前だったのですが、現代青森料理ってものすごく絶妙で、マニアックだけれど広い。

難しいですね(笑)センスですか?

 これはセンスとは違うんですが、自分がどのキーワードで引っかけたいか、つまりSEOですよね。食べログとかぐるなびでもカテゴリーというのがあるのですが、ここにはものすごく時間をかけるべきです。ワインで来てもらいたいのか、フレンチ出来てもらいたいのか。自分でよし洋食だ、と思っても、お客さんがイタリアンだと思えばそれはイタリアンなんですよ。
 それであればまずイタリアンというくくりで様々なお客さんに知ってもらい、その後、郷土料理なんですよ、とでブレイクダウンしていけば、自然と郷土料理の店として認知されていくはずです。

落とし所をどこに持ってくるかということですね。

 そうです。自分の主張を入り口に持っていくのか出口に持っていくのか。それを入り口に出したいオーナーさんがあまりにも多いような気がします。それはお客さんが勝手に考えることであって、「実は言いたいことが無い現代アート」みたいな感じが良いんじゃないかなと。黒いキャンバスに男性器が立っているアートを見たときに、「なにこれ卑猥」と思うのか、「これは何か生への執着を感じさせるアートだ、混沌とした大地の上に生きることへのエネルギーを感じる」、と思うのかは、お客様が勝手に感じることであって、実は本人は何も考えていないんです。

わかりやすい!想像力の余白、みたいなものですね。

 そしたら軌道修正しやすいじゃないですか。お客さんがどう感じるかなんてやってみなけりゃ分からないことが多いですから。何か間違ったなと思ったら直せば良いのです。

各県の大名屋敷を東京に!

今後の方向性を教えていただけますか?

 レストランを大名屋敷化したいんです。ボワヴェールもまだ中途半端で、たとえば、調度品は全部津軽塗りにしたいですし、青森の工芸品を取り揃えて、ここで観光案内もできるし、寮を作って青森の人材を集めて、ここで接客しながら敬語を学び、洞察力を磨き、営業力を磨いてもらって、いろんなところへ派遣出来るようにしたいです。  飲食の接客というのは、訪問販売をするのと違って、お客様がお金を使ってわざわざ来てくださりますから、それなりクオリティが求められる。実はこれほど営業力が磨ける職業はないのです。
 高学歴の人でも 飲食での接客の経験があると、ものすごく仕事が出来る人が多いんですよ。地方から出てきて、お金が無い人たちの駆け込み寺みたいにしたいですよね。青森県だけではなくて、新潟だとか山形だとか、いろんなところの駆け込み寺をやるんです。

なるほど。企業は新入社員の人材教育にコストをかけられなくなってきており、中途採用を歓迎する風潮がありますが、各県が主体となって人材教育を行い、輩出するようになれば素晴らしいですね。

 僕がやってることと言うのは、実は誰でもできることなので、骨組みは僕が作りますから、あとは各地域の人に働いてもらって役立ててもらいたいですね。東京というのは江戸幕府からそう変わらず、単なるアンテナ県なんです。東京は日本の中央でここを起点に世界に発信するという意味では、すごく良いのです。そしてここにアンテナショップではなく、大名屋敷を作る。食材とか特産品だけではなく、人材から何からあらゆるものを紹介できるものです。

B級でなくA級

時代が低価格路線ですからね。

 だからこそ県がお金を出してあげて、民間が安売りに走っている状況を止め、県とか国がプレミアムブランドを作ってあげる。
B1を支援している場合じゃないんですよ。現地に行ったらせんべい汁300円じゃ食べれないですから。しまいには、せんべい汁のお店で横手やきそばやシロコロを出し始めて。B級のお店になっちゃうんです。たった1品がB級グルメだったに過ぎないのに青森というコンセプトからずれ始める。
 東京から来た観光客は、青森のせんべい汁を食べに来たら、横手やきそばやシロコロをすすめられて、何が何だか分からない。これ東京じゃん、これだったら東京のほうが安くて美味しいし、と。
 そうじゃなくて、僕は現地の良さや、現地にしかないものを見てもらいたい。ボワヴェールでも郷土料理を出してくれとたまに言われるんですが、出す場合には、単なるせんべい汁は絶対に出さない。メニューにないものを出せというのは、僕に対する挑戦なので、値段もそれなりにとって、超ゴージャスな1万円のせんべい汁を出す。200円くらいで食べれるんじゃないかと軽く見ていると思うんですが、そうはいかない。超高価な出汁をとって、超A級のせんべい汁を出す。それが、メニューにないものを注文するお客さまの粋な姿勢に対する礼儀だと思います。

B級グルメをA級クオリティで提供すると。

 いろんなモノを紹介出来るというのは、B級じゃ駄目なんですよ。A級の県としてのブランドがないといけない。接待が出来ないと駄目なんです。それが出来ればB級なんて放っておいてもできちゃいます。販促の中で一番簡単なのは「値下げ」なので。皆さん簡単に居酒屋を出しますが、これは本当に悲しい。おたくの県の誇りは居酒屋ですか?と。
 それはそれでいいですよ。馬鹿にしてるわけではないです。大阪なら串かつです。でも、やっぱりブランディングで、迎賓館的なところがないと駄目なんです。A級の店を出しておけば、B級もある程度のお金を出しても安く感じる。県の価値をあげよう!いろんな県の三ツ星レストランを東京に作る。
 そしたら県に作るときは、東京では三ツ星ついてますと。露出は東京が一番いい。東京でビジネスをするのではなくて、地方でビジネスをするために東京のブランディングを利用しましょう、という話なんです。
 その成功事例を作りたい。これが出来れば居酒屋なんて、いつでも出来ますから。もうね、安売り安売りの負の連鎖は止めるべきですよ。

なるほど。とても思いが伝わってきました。本日は、現代青森料理とワインの店VOIS VERTオーナーシェフの川口カズノリ氏にお話しをいただきました。川口シェフ、お忙しい中お時間を頂戴し、また、貴重なお話を頂戴しましてありがとうございました。

プロフィール

株式会社ドラゴンスープ代表取締役 川口カズノリ(かわぐち かずのり)氏
現代青森料理とワインの店
『Bois Vert(ボワヴェール)』
<オーナーブログ>
西新橋の下のほう
ブログ:西新橋の下のほう

株式会社ドラゴンスープ
代表取締役 川口カズノリ(かわぐち かずのり)氏


フランス、ブルゴーニュのレストラン・ペナとんで修行後、東京へ。クラブNYX,クリニャン・クールと宮本氏に師事。その後、日比谷、銀座などのレストランでシェフに就き、2001年西新橋のレストラン&ワインラウンジ ボワヴェールを引き受け、業態転換し、現代青森料理とワインの店ボワヴェールをオープン。シェフの枠を超えて、レストランプロデュースや、地域活性化プロジェクト、生産者の声を直接届ける独自メディアを運営するなど、活動は多岐に渡る。


企業データ
会社名株式会社ドラゴンスープ
本社所在地東京都港区西新橋1-13-4TSビルB1F
設立年月日2007年11月
事業内容食品卸売事業、レストラン・メニューコンサルテイング、イベント事業、IT事業(HP政策・管理)、現代青森料理とワインの店BOIS VERTの運営
http://www.bois-vert.jp/